スポーツ・外傷

「筋トレした方がいい」と医師に言われた患者さんへの向き合い方


この症例について

定期的に通院されている50代男性。デスクワーク中心の生活で、肩甲骨から胸椎にかけての疲労や硬さ、股関節周囲の可動域制限と痛みが主な訴えです。

施術の合間の会話の中で、「健康診断で医師から筋トレをした方がいいと言われた」という話が出ました。「やはりやった方がいいのだろうか」と、少し迷いながら相談してくれた形でした。

私自身、トレーナーとしての経験があり、運動指導を行う場面も多いことから、こうした相談を受けることは珍しくありません。ただ、これは個人的なケースの話だけではなく、鍼灸師や施術家全般にとって、患者さんとのこうしたやり取りは信頼関係に直結するものだと感じています。


まず、「なぜそう言われたのか」を聴く

相談を受けたとき、最初にしたのは説明や提案ではなく、ヒアリングでした。

医師から筋トレを勧められた経緯はどういうものだったか。数値の問題なのか、体型の問題なのか、それとも別の理由なのか。そして、患者さん自身はその話をどう受け止めているのか。

「なんとなくやった方がいいのかな」という漠然とした感触なのか、「でも何をどうすればいいのかわからない」という戸惑いなのか——こうした内側の状態を把握することが、次のステップの精度を左右します。

表面の質問に答えることより、その質問が生まれた背景を整理する。施術家としての関わり方は、ここから始まります。


セルフケアの「2択」という問題

患者さんが体調管理のためのセルフケアとして思い浮かべるものは、ほぼ「ストレッチ」か「筋トレ」の2つに集約されます。

プロとして介入する立場からすると、ここで整理しておくべき点があります。

まず、ストレッチと筋トレは目的が異なります。ストレッチは基本的に「柔軟性を改善する」「緊張を緩める」方向の手段であり、鍛えるという目的には直接作用しにくい。この特性を患者さんが理解した上でやっているかどうかは、大きな差です。

そして筋トレについても同様です。「筋トレをしましょう」という言葉が持つイメージは、患者さんの中では「筋肉をつける」「体を鍛える」という方向に向きがちです。ただ、それが本当に今のその人に必要なことなのかは、別途確認が必要になります。


筋肉を「強弱・増減」だけで語らない

40代・50代の方に「筋トレをした方がいい」という話になるとき、その文脈の多くは「筋力の低下」「筋肉量の減少」への対策としてです。

ただ、筋肉というものは、多い・少ない、強い・弱いという軸だけで語れるものではありません。

「筋力がある」としても、必要なときに必要なだけ発揮できるかどうかは、また別の話です。筋力が「ある」状態と、筋肉が「機能している」状態は一致しない場合がある。ここを整理せずに「じゃあ筋トレをしましょう」という流れになると、方向性は正しくても精度が低い状態になります。

セルフケアの方向性を考える上で本当に確認すべきは、次の3点です。

  1. その人の筋肉はきちんと機能しているか
  2. 本当に筋力が低下しているのか、あるいは本当に少ないのか
  3. その人の日常・生活の中で求められる筋力とはどのレベルのものか

デスクワーク中心の50代男性に必要な筋力と、スポーツ選手に求められる筋力はまったく異なります。こうした前提を整理することが、具体的な提案の入り口になります。


継続のための「やる理由」を設計する

セルフケアはやり始めることより、続けることの方が難しい。

「なんとなく良いと言われている」という動機では、人はなかなか動き続けられません。「これが自分に必要だ」という実感や、「これをやらないとこうなる」という一種の切迫感——こうした内側からの動機が伴って初めて、行動は継続します。

ここで重要なのは、その動機をこちらが一方的に与えようとしないことです。

「○○さんにはこれが必要ですよ」と外から説明することはできます。ただ、その言葉が本当に行動に結びつくかどうかは別問題です。本人の口からその理由にたどり着けるように話を展開していく——そのプロセスを大切にするようにしています。

「自分にとって動かせる体が必要な場面って何ですか?」といった問いかけをしながら、患者さん自身が自分の生活と筋力の必要性を結びつけていく。答えが出てくると、そこから先の提案の刺さり方が変わります。


施術でできることとできないことを知る

今回のやり取りを通じて改めて感じるのは、施術だけをやっていればいいわけではないということです。

施術でできることと、施術ではできないことを明確に把握しておくこと。その理解があった上で、患者さんの日常に何が必要かを一緒に考えていく——これが、私が目指している治療家としての関わり方です。

「医師から筋トレを勧められた」という話は、ある意味では施術者の力量を試す場面でもあります。その場で安直に「じゃあ筋トレをしてみましょう」と返すこともできる。でも、それが本当にその患者さんに届く言葉かどうか。そこを考え続けることが、信頼の積み重ねになります。


この症例で伝えたいこと

「医師にこう言われた」という言葉を、そのまま受け取らない。

その言葉が生まれた経緯を聴き、患者さんがどう受け止めているかを確認する。そこから、本当に必要なものを一緒に整理していく。

筋トレに限らず、セルフケアの提案は「正しいかどうか」より「続くかどうか」が最終的に問われます。続くためには理由が必要で、その理由は患者さんの中から引き出されたものでなければならない。

施術の外側にある関わり方が、施術そのものと同じかそれ以上に、患者さんの回復と健康維持に影響することがあります。

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