はじめに
月1回のメンテナンスで来院されている50代女性の方のケースを、今回は共有させてください。
会社員でデスクワーク中心の生活。初診時は膝の症状がありましたが、現在は大きな自覚症状がない状態での定期来院です。「特に今日はどこも痛くないんですけど」と仰るような患者さんです。
こういったケースで私が一番意識するのは、「本人の自覚」と「治療者が客観的に見ている状態」のあいだにあるズレを丁寧に拾っていくことです。
東洋医学でいう「未病」の概念に近い話ですが、自覚症状がない段階のエラーや疲労の蓄積をどう評価するか。そこに、メンテナンス施術の本質があると私は考えています。
評価の視点
私が評価の基軸にしているのは脊柱・股関節・肩関節の3大可動域です。固有受容器との関係が深く、身体機能全体への影響が大きい。加えて、手首・足首といった末端の動きが近位関節のバランスにどう波及しているかも確認します。
今回は全身評価の中で、右肩関節外転の最終域(180度付近)に5〜10度の左右差と抵抗感を確認しました。本人には自覚がありません。
ここからどう絞り込むか。
まず前面から鑑別します。大胸筋の短縮や骨頭の前方変位——陰性。代償動作(肩のすくみ)も見られませんでした。
そこで後方ラインへ。前腕・上腕の筋膜ライン、肘関節の屈伸、前腕の回内外を連鎖的に確認していくと、原因は背部(肩甲棘下部・棘下筋・小円筋・広背筋の交差点付近)の機能障害と特定できました。
さらに伏臥位で股関節外旋を確認すると骨盤が浮く。大腿筋膜張筋〜腸脛靭帯〜腓骨筋にかけたラテラル・ラインの緊張も関与していると判断しました。
刺激量の選択
今回の患者さんは細身・色白・穏やかな気質。「実(じつ)」の状態ではないと判断し、低刺激を選択しました。
鍼先が組織の抵抗感——筋膜の入り口——に触れた瞬間に止める。突き破らず、トントンと軽く響かせることで触圧覚刺激を固有受容器に送り込み、自己修復を促す。これが今回の刺激量の根拠です。
選穴: 天宗・臑兪付近(肩甲棘下)、椎間関節部、陽陵泉・外踝上方
脊柱には「傾聴」アプローチで椎間関節の微細な制限にアクセスし、置鍼後は腸脛靭帯・外側ハムストリングスへ振動を伴う柔捏法でラテラル・ラインを解放していきました。
施術後の確認とカウンセリング
施術後、右肩の可動域制限と抵抗感は約9割消失。患者さんと一緒に動きを確認し、左右差がほぼ改善されたことを共有しました。
ここから最後に、私は必ず少し時間を取ります。
「自覚症状がない状態でも、日常の偏った使い方が疲労として蓄積されていく。それが可動域の差というサインとして現れる。このサインを未病の段階で整えることが、将来の大きな痛みや機能障害を防ぐことにつながる」
この話を患者さんと共有することが、私にとってのアフターカウンセリングです。
施術はあくまで手段です。その手段の品質を磨くことは前提として必要ですが、私が大切にしたいのはその先——患者さんが自分の体をどう捉えて、どんな未来を選んでいくか——という部分への関与だと思っています。
おわりに
プロとして働いていると、「自分はどういう基準でこの選択をしているのか」を言語化する機会はなかなかありません。
今回共有した評価の視点や刺激量の判断は、私の一つの指標です。正解というわけではなく、「こういう根拠でこう判断している」というプロセスを開示することで、同じ現場を持つ方々と議論できればと思っています。
見立ての精度、刺激量の個別化、そして施術後の言葉。それぞれについて、あなたはどんな基準を持っていますか。









