60代の女性が来院されました。
主訴は左肩の痛みと可動域制限。腕が上がりきらず、動かすたびに痛みが走るという状態です。
ただ、経緯が少し複雑でした。
乳がんの術前に、体力維持を目的としたトレーニングを行っていたところ、左肩を負傷。その後、乳がんの手術を受け、術中にリンパ生検が行われました。クリップなどの残存物があるため、現時点ではMRIが撮影できない状態です。
整形外科を受診すると、「乳がんの手術をしたのだから、肩の痛みは仕方がない」と説明されたそうです。MRIが撮れないことも重なり、詳しい評価のないままリハビリへ。担当者によってアプローチがまちまちで、症状は徐々に悪化していきました。
来院時、患者さんはこうおっしゃっていました。
「何でも乳がんの手術のせいにされてしまって、とても辛く悲しかった」と。
その言葉が、ずっと頭に残っています。
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問診を丁寧に行うと、肩の痛みは手術より前から始まっていることがわかりました。負傷した時期、負傷した状況、その後の経過。一つひとつを整理すると、原因の仮説はある程度絞られてきます。
評価では、肩甲上腕関節において上腕骨が前方へ変位している機能障害が顕著に見られました。負傷時の体勢を伺うと、その方向への変位が起きやすい動作であったことも確認できました。
もちろん、乳がんの術後という背景は常に念頭に置きます。胸部への直接アプローチやうつ伏せは現段階では適応外です。仰向けと横向きの姿勢に限定しながら、肩甲上腕関節の変位に対して、周囲の筋肉やファシアへのアプローチを進めました。
施術中から、少しずつ緩んでいく感覚を患者さん自身も感じてくださっていました。
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■ 評価の中身——何を、どの順序で確認したか
今回の症例で私が行った評価について、もう少し詳しくお伝えします。
主訴は「左肩の痛み」でしたが、評価上は「左上肢の痛み」として捉え直すところから始めました。左肩に症状があるからといって、問題が左肩そのものにあるとは限りません。体幹部——脊柱、頸椎、胸椎、肋骨——からの影響なのか、それとも左上肢自体の問題なのかを、まず検査で切り分けます。
この方の場合、外転と伸展がつらい状態ではあるものの、可動域は90度を超えていました。拘縮があるほど固まっているわけではない、というのが最初の確認です。
体幹部(頸椎・胸椎・肋骨)のチェックを終えたのち、左上肢の評価に入りました。上肢の検査は、この順序を崩さずに行っています。
1. 胸鎖関節・鎖骨
2. 肩甲上腕関節
3. 肘関節
4. 骨間膜、橈骨・尺骨
5. 手首
6. 手根骨、手指
この順序には理由があります。近位から遠位へと一本の流れで診ていくことで、どの部位に機能障害があるかを論理的に絞り込めます。特定の検査名というよりも、関節面をすべて網羅する「通しの検査」として成り立っていることが重要です。一か所だけを見て判断を下すのではなく、全体を確認したうえで陽性・陰性を判別する——この一本の筋を外さないことが前提です。
今回、この流れを経て確認できたのが「肩甲上腕関節の前方変位・機能障害」でした。受傷時の体勢——肘を伸ばした状態でロープを上に持ち上げるトレーニング——から、肩甲上腕関節に前方変位した状態で負荷がかかったと当たりをつけましたが、あくまで当たりをつけた段階です。そこで止まらず、すべての検査で確認することが大前提です。
「四十肩・五十肩(六十肩)ではないか」という点については、これらが正式な診断名ではなく症状の総称であることを踏まえたうえで、左右の比較によって判断しました。右側には可動域の低下も機能障害も認められず、検査が陰性で通ったためです。左右を比較しなければ、この判断は成り立ちません。
私自身、こうした通しの検査を体系として教わる機会は、臨床に出るまで多くありませんでした。検査に順序があること自体を知らないまま現場に立つことになるのは、決して珍しいことではないと思います。だからこそ、「きちんとした通しの検査があって初めて施術が成り立つ」という筋を、これからも丁寧に伝えていきたいと考えています。この一連の検査プロセスを実際に身につけたい方は、道場でお待ちしています。
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今回の症例で改めて考えさせられたことがあります。
「背景疾患があるから、痛みはそのせいだろう」という推論は、一見すると合理的に見えます。でも、それが問診の省略につながってしまうとき、患者さんは「自分の痛みを見てもらえていない」という体験をすることになります。
評価の精度よりも前に、「この痛みはいつから、何がきっかけで始まったのか」を丁寧に聞くこと。それだけで、見える景色が変わる場合があります。
MRIが撮れない。術後の状態である。そういった制約がある中でも、できる評価は必ずあります。制約を「できない理由」にするのか、「今できることを探す入口」にするのか。
その選択が、患者さんの体験を大きく変えるのだと感じた症例でした。
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あなたが普段の臨床で、背景疾患や医療履歴が「見立ての前提」になってしまっていると気づいた瞬間はありますか?
そのとき、どのように立ち戻っているか。よければ、ご自身の臨床と照らし合わせながら読んでいただけたら嬉しいです。









