スポーツ・外傷

腰痛・首肩痛・手の痺れ——複数の主訴を持つ患者への問診と評価の実際


症例の概要

主訴は腰痛、首・肩の痛み、そして手の痺れ。三つの症状を同時に訴えて来院された患者さんです。

職業はスポーツインストラクター。週複数回の運動指導を行い、自身も日常的に体を動かしている方です。「体が整っている人」という印象を持ちやすい職業ですが、今回の症例はまさにその先入観を外すところから始まりました。


複数の症状があるとき、まず「全部受け取る」

腰痛、首・肩の痛み、手の痺れ。三つ並ぶと、施術者側には「共通の原因があるはず」という直感が働きます。体の仕組みを知っていれば、頸椎由来の症状として一つの仮説にまとめることも、さほど難しくはありません。

ただ、問診の段階でその仮説を口にするのは早い。

「結局、全部つながってますよ」と言ってしまえば効率よく聞こえますが、それぞれの症状に悩んでいる患者さんからすると、「腰の話をちゃんと聞いてもらえたのだろうか」という感覚が残ります。話が早く進んだ分だけ、どこかに置き去りにされたような印象——これが信頼関係の構築を遅らせる原因になりやすい。

だから私が意識しているのは、こちらに見当がついていても、一つひとつの症状に対して先に「受け取る」ということです。見立てを急がない、というよりも、見立てを見せるタイミングをずらす、という感覚に近いかもしれません。


患者の主観を確認する:困っているのはいつか、原因は何だと感じているか

主訴を丁寧に聞くといっても、細かく掘り下げ続ければよいわけではありません。問診の長さと信頼の深さは比例しない。

ただ、最低限確認しておきたいことが二つあります。

一つは「その症状によって、どういうタイミングで困っているのか」。日常生活のどの場面でそれが出るかを知ることで、負荷パターンや原因の見当がつきやすくなります。

もう一つは「何がきっかけで起きたと本人が感じているか」。この質問には、患者さんの自己認識を確認するという意味があります。後から検査結果を共有するとき、「あなたが感じていたこととつながっていますね」という橋渡しができる。そのやり取りが、説明を受け取ってもらうための素地になります。

説明が患者さんに届くかどうかは、その前に施術者が「受け取ったかどうか」にかかっていると、この仕事を続けてきて感じるようになりました。


スクリーニング検査と共通認識の構築

問診の後は、主観だけでなく客観的な所見を揃えていきます。

整形外科的な運動器疾患においては、検査を通じた共通認識の構築が欠かせません。「なんとなく悪そう」という印象の共有ではなく、動作の角度、誘発の有無、左右差——こういった情報を患者さんと一緒に確認していくプロセスです。

今回の検査で見えてきたのは、以下の特徴的な所見でした。

  • 胸椎の回旋制限:特に肩甲骨の内転・外転で明らかな可動域制限あり
  • 体幹の安定性:コア(腹筋群)の使い方は非常に優れており、体幹を固める動きは正確で安定している

この二つの所見が、職業との関係を考えるときの重要な手がかりになります。


先入観を外して初めて見えてくること

スポーツインストラクターという肩書を聞いたとき、「体が整っていそう」と感じるのは自然な反応です。私も最初の一瞬、そういう印象を持ちました。

ところが問診を進めると、1ヶ月ほど前から今まで経験のなかったパーソナルトレーニング(筋トレ)を開始し、新たなボディメイクを始めたタイミングだということが分かりました。

ここが今回の核心です。

指導する側として日常的に体を動かしているという自負が、新しい動作刺激への適応を難しくしていた可能性があります。検査で出た「胸椎の回旋制限」「肩甲骨周辺の硬さ」は、これまでの仕事での動きパターンとは異なる刺激——筋トレによるプレス系・プル系の動作——が加わったことで、対応しきれなかった部位の変化と考えられます。

首・肩の症状、手の痺れも、筋トレを始めてから自覚するようになったとのことでした。患者さん自身もそれには気づいていましたが、「自分はインストラクターだから」という自己イメージが、自分の体の変化を素直に受け取ることを少し難しくさせていたようです。


本人が感じているイメージと、検査が示す実態

今回の症例でもっとも大切にしたのは、「本人が持っている自分自身へのイメージ」と「検査に基づく客観的な実態」を比較するプロセスです。

優れたコアの使い方——これは患者さん自身もある程度感じていた部分です。一方で、肩甲骨周辺の操作と胸椎の回旋制限——こちらは本人にとって意外な発見だったようです。「仕事で肩を動かしているのに、こんなに硬いんですか」という反応がありました。

この「知らなかった自分の実態」を検査を通じて一緒に確認するプロセスが、施術への納得感を生みます。「この人は私のことを分かってくれている」という感覚は、言葉の説明よりも、検査の所見を共に見るところから生まれることが多い。

肩書きや職業で相手を決めつけない。当たり前のことのようですが、「インストラクターだから大丈夫」「運動している人だから回復も早い」といった先入観は、評価の精度を下げる要因として静かに働きます。今回の症例は、改めてその確認になりました。


この症例で伝えたいこと

複数の症状が揃っているとき、施術者には「原因を一つにまとめたい」という衝動が生まれます。効率的な見立てとしては正しい方向ですが、問診の段階でその結論を急いで見せてしまうと、患者さんは「全部聞いてもらえなかった」という感覚を持ちやすい。

問診で受け取り、検査で可視化し、説明で共有する——この順番を崩さないことが、複数主訴の患者さんと信頼関係を築く基本だと感じています。

そして、患者さんの職業や生活スタイルは「先読みの材料」ではなく「仮説を立てるヒント」にとどめておく。見立ての出発点は、常に目の前の体が示す所見です。

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