症例概要
60代男性。右足首からかかと、アキレス腱部にかけて、足をつくと痛いという主訴で来院された。初診時から著明な側方動揺歩行が認められた。発症の誘因については、「これといったきっかけはなかった」とご本人は話されていた。
誘因がないことが、むしろ手がかりになる
外傷や事故を除き、鍼灸師・徒手療法家が臨床で出会う機能障害の多くは、繰り返しの微細な負荷の蓄積によって引き起こされる。これは科学的にも広く認識されている事実だ。
Sanchis-Alfonso ら(2016)や Liebenson(2006)が示すように、機能障害は単一の事象によるものではなく、繰り返すストレスへの適応と破綻という連続的プロセスとして捉えるべきだとされている。いわゆる Repetitive Strain の概念——反復する微細損傷が組織の炎症サイクルを招き、局所の機能低下へとつながる流れ——は、足部・足関節領域においても例外なく当てはまる。
「きっかけがない」とご本人が話されたとき、そのプロセスが自覚されないまま積み重なってきたと読むことができる。何が蓄積されていたのか。それを探る手がかりは、症状が出るタイミングの中に隠れていた。
「いつ痛いか」を細かく分解する
荷重時に症状が出るという主訴を受けて、まずその「タイミング」を丁寧に細分化していった。
立位での足踏み運動で、荷重をかけている瞬間と離れている瞬間の違いを確認する。単純に足をつくだけの場合と、そこに体重を乗せていく場合とでは、症状の出方は変わるのか。座位で患側の下肢に荷重したとき、何が起きるか。非荷重での足関節運動——底屈・背屈だけを行った場合——では症状は再現するのか。
このような細分化は、施術対象を絞り込むための最初のプロセスだ。今回のケースでは、立位・座位ともに患側への荷重時に症状が再現した。非荷重での足関節運動では症状は出ない。
となると問題の核心は、関節への圧縮負荷が加わる局面にある可能性が高くなる。足関節の単純な可動域制限や筋緊張の問題とは、少し違う方向性で見ていく必要が出てくる。
臥位での精査——中足骨関節の可動性低下と局所の腫れ感
仰向けでの精査では、足関節全体の可動域と左右差を確認した。
足関節全体の屈曲よりも、第2中足骨を中心とした第1〜3趾の中足骨関節における底屈の左右差が顕著に認められた。外果周囲にはやや腫れを思わせる感触があり、水が溜まっているような印象を受ける部位があった。足全体にもむくみ感が見られており、この点も考慮しながら施術を組み立てることにした。
圧痛は明確には認められなかったが、硬結を丁寧に探りながら、モビライゼーションと単鍼による弱打を組み合わせた。介入のたびに立位での荷重テストに戻り、可動域の変化と硬結の緩和を確認しながら進めていった。
施術結果
施術終了時点で、荷重時の痛みは完全に消失していた。
施術対象の決定が、すべてを左右する
今回の症例を振り返ると、「どこを治療するか」の決定にすべての質が集約されていると感じる。足部の関節は複雑に連動しており、どの関節が問題の中心にあるかを見極めなければ、施術の手が届かないまま終わってしまうことにもなりかねない。
「荷重時に痛い」という一言も、立位か座位か、荷重をかける瞬間か、全体を通してかによって、情報の意味はまったく変わってくる。症状を自覚するタイミングを細かく聞いたからこそ、今回の見当がついた。
なお今回は継続的に診させていただいている方の症例だったため、脊柱のスクリーニングは形状確認にとどめ、詳細な評価は省略している。初診であれば、仙腸関節や腰椎も含めた総合的なスクリーニングを経て、同様の絞り込みプロセスを踏むことになる。どんな症例でも、大きく捉えてから絞り込んでいくというプロセスは変わらない。
今回はその応用編として、足部という複合関節の問題を「いつ痛いか」から逆算していくアプローチをご紹介した。










